小さな可愛い仔
皆さんの優しさあふれるコメント涙しながら読み、少しだけ救われた気持ちです。
またもう少し落ち着いたらコメント返しいたします。
少しだけ待ってくださいね。
この日記はとてもとても長くなってしまいそうです。どうぞお付き合い下さいね。
10月28日 秋晴れの日曜日
ぐりちゃんを火葬しお骨にして自宅に帰ってきました。
前日27日は夕方まですごく元気で私の足元を走りまわっていました。
今日も良い調子だね。と放しかけながら安心して遊んでいました。
しかし夕方6時過ぎ、ケージに入ってペレットを食べていたぐりちゃんのほうから
「ガタンガタン」と変な音が。見てみると頭だけハウスに突っ込んで引っ掛かったような状態。何してんのーぐりちゃん。と近寄ってみるとなんだかおかしい。
コチラを向いてビョンとケージから抜け出してきたぐりちゃんですが、着地はうまくできず
ぐにゃぐにゃして揺れています。
びっくりして抱き上げてしっかり抱いて呼びかけました。
一旦落ち着いたかと思ったら今度は足が空をきるように動きましめました。
急いで病院に連れていって診療台の上に横になったぐりちゃんはもう立てません。
お医者さんは「脳にばい菌が回って神経症状が出ている」といいました。
足の動きは「遊泳症状」だっけ。そんな症状。
体温も随分下がって低体温になっていました。
注射を二本打ってもらいましたが少しの痛くないようでした。
多分、この時にはもう意識は無かったのでしょうね。
「今夜が山です。しかしとても厳しいと思います。」と言われました。
そんなこと言われなくても素人でも明らかにわかるような状態でした。
それから家に帰りカイロとホカホカマットで保温しながらずっと呼びかけて、身体をさすって
頭を撫でて。
ママはすぐ側にいるよ。だから怖くないよ。見えてるかな?感じてるかな?
そんな風に側にいました。それだけしか出来ませんでした。
10時頃から鼻が詰まったような呼吸音になりとても苦しそうでした。
そして11時少し回ったところで苦しそうな息も止まりました。
動かないぐりちゃんを見てワンワンなきました。
ぐりちゃんの身体に私の涙がいっぱい落ちました。
泣いているうちにもぐりちゃんの身体は冷えて固まっていきます。
泣きながらも心を決めて棺を作ることにしました。
優しくタオルで包んでチモシーをいっぱい敷いた箱に寝かせて、お水やペレットや
大好きだったみかん、りんご、パセリを入れて。
一晩一緒に居て、一睡もできなかった。
亡骸はすごく安らかな顔をしていて、生きているんじゃないかと何度も確かめました。
空が明るくなったらすぐにお花を探しにいきました。
ぐりちゃんは凍ったように冷たくて哀しくて悲しくて。
前夜、息を引き取ったときに 「虹の橋にいったんだ」と思ったけれど、
そばにいるぐりちゃんは、やっぱりそこにいるような気がして
私が近くにいてなでていたら、ぐりちゃんはなかなか虹の橋に辿りつけないような気がして。
でも火葬してお骨にするということは
もう、本当に具現的なぐりちゃんは居なくなってしまう。
もう、一生触ってなでてあげることが出来ない。
そんな風な葛藤が長く続きました。
自分の気持ちに区切りをつける為に二時間後にタクシーが来るように手配しました。
それまでに喪服は持っていないけれど、黒いジャケットとパンツを着て
しっかり二時間抱いて話しかけて。
葬儀場は京都と滋賀の県境にあり、驚くほどの森の中でした。
携帯も圏外。
お経をあげてもらってお焼香を済ませて、ついについにお別れです。
ぐりちゃんが荼毘にふしているその時間、私は森の真ん中に置かれたテーブルで
大声で泣きながら待ちました。
ふと周りを見回すと、土手の隙間に小さなサワガニがいます。
そのすぐ横の垂れ下がった葉っぱには大きなカタツムリがいます。
火葬場の煙突から上がる熱気を切って、白い鳥がスピードをあげて飛んでいきます。
足元には間違って地面に出てしまったミミズが必死に地中に帰ろうとしています。
そんな情景が見えて、私は始めて 心が安らいだように思います。
ああ、ぐりちゃんは森に帰ったんだなぁ と。
お骨になったぐりちゃん。
それはまさしくぐりちゃんでした。
悲しくも 怖くも無く とてもとても 可愛いぐりちゃんの骨そのものでした。
私は少し不謹慎にも 嬉しく思いながら ひとつひとつ 骨を見ながら拾いました。
細い肋骨や 骨盤や 背骨や 四つだけ残ってくれて爪を
とても愛おしく思いました。
小さな白い骨壷に収まったぐりちゃんを家に連れて帰って、
とりあえず使っていたケージを綺麗にして一時的な祭壇にしました。
ドタバタしていたせいで部屋は散らかり放題だったけど、
その前に座って手を合わせて やっと
「ぐりちゃん頑張ったね。本当に本当にありがとう。」
心から思えました。
ぐりちゃんの居ない部屋は とてもとても静かです。
今も真後ろにあるケージを 長い間そうしてきたように 様子を確かめたくて振り返ります。でもそこには小さな骨壷がチョコンとあるだけです。
悲しいという感情よりも 不思議のほうが大きい。
きっとまた悲しみが襲ってくるのでしょうね。それもまた良し。受け止めましょう。
ママは最後にぐりちゃんに何かしてあげられないかなぁと考えました。
「そうだ。素敵なお仏壇を作ってあげよう。」
嘘かホンマか ママはデザイナーの卵ですよ。
すっごく素敵でお洒落な誰もが羨むお仏壇作ってやっから!!!
また明日から新しい一週間がはじまります。
ママはアホ学生だけど、今年は卒業したいし、きっとそれを応援してくれるだろうから
明日は学校に行くね。
しかも「二級建築士養成講座」だから、しっかり勉強しないとね。
まだまだ長くなってしまいそうです。
更なるぐりちょんへの熱い想いは、また次の機会に。。。
| 固定リンク



コメント
・・・またPCの前で泣いてしまいました。
こんな事言うのはおこがましいけれど、
フミングさん、本当にありがとう。
ぐりちょんを最期の最期まで守ってくれてありがとう。
混沌の中でのご報告、ありがとう。
わたしはフミングさんの手記を読みながら、小さな可愛いぐりちょんに思いを馳せると同時に、蘭丸と利休が亡くなった日のコトを思い出しました。
姿形は見えずとも、いつでも一緒というキモチは、今でも変わりません。
ぐりちょんとフミングさんは、ずーっとずーっと家族ですよね。
フミママが作る可愛い仏壇を、楽しみにしています。
それを参考(?)に、我が家のお墓もステキにしちゃおう!って思いました。
コメ返しは、慌てなくって大丈夫ですよ。ゆっくり、焦らずに。
投稿: あきら | 2007年10月29日 (月) 07時26分
涙が止まりません。
ぐりちょん、あんよ痛い痛いが治ってほっとしていたのに。
お別れは、とっても辛いですね。
でも、ぐりちょんはずっと一緒にいますよね。
月並みなことしか言えないけど。
ぐりちょん、ありがとう。
可愛い姿に、いつも癒されていましたよ。
これからも、ずっと忘れないよ。
いつもフミングさんの傍で見守っていてね。
投稿: moku | 2007年10月29日 (月) 07時48分
大泣きしながら読みました。フミングさんの前向きなコメント、ぐりちゃんもうれしいでしょうね。ほんとにあんなに小さいのに大きな存在ですよね。心にぽっかり穴が開くってほんとだったんだと。開いてしまった所にさらにぐりちゃんへの思いや愛情の気持ちをゆっくり埋めていってください。いまだにチャボが近くにふっといるような錯覚に見舞われることがあります。きっとぐりちょんもまたふらっとフミングさんの様子を覗きに来てくれるんじゃないかな。素敵なお仏壇期待してます。
投稿: パンチョ | 2007年10月29日 (月) 08時27分
今日の日記、長くなんて感じませんでした。何度も読み返し何度も泣いてしまいました。そして、フミングさんに出会えてぐりちゃんは幸せだった、こんなにも愛情を注いでくれる人と出会えて本当に幸せだったと思いました。
フミングさんになんと言えばよいのか分からないのですが、どうか、今はお身体大切にしてくださいね。京都の冬は厳しいですから。
投稿: ふみの日 | 2007年10月29日 (月) 09時46分
あらためて涙がとまりませんでした。
そして、フミングさんの気持ちを思うと胸がつまりました。
小さいけれど、家族なんだもん。
どれほど哀しい夜だったことでしょう。
そうかぁ・・・ぐりちょんは森に帰ったんだね。
今はうまいこと言えません。ごめんね。
フミングさん、ゆっくりゆっくり元気になってくださいね。
投稿: にん。 | 2007年10月30日 (火) 00時28分
ぐりちょんの様子を見に来たら、そんな…。
きっとぐりちょんなら元気になってくれると信じていたのに…。
すごく残念です。
フミングさんの悲しい気持ち、そしてぐりちょんへの愛情が
ひしひしと伝わってきて、泣いてしまいました。
ぐりちょんはフミングさんにこんなにも大事に思ってもらって
幸せでしたね。
かわいいぐりちょん、私も大好きでした。
いつまでも忘れません。
投稿: ニホ | 2007年10月30日 (火) 01時31分