気持ち新たにブログ再開です!

-スキニーギニアピッグとの忙しい生活-開始から約五年が経ちました。

そして最愛のぐりちゃんが旅立ってもう三年になるんですね。

寒くなってこたつに入っていたぐりちょん、今では笑顔でもって思い出すことが出来ます。

そう、あれから三年。私にもかくかくしがじかうんぬんかんぬん!ありまして笑

今は1わんこさんと保護猫さんと家族で暮らしています。

大学も無事卒業しましたし!今はパートタイマーとしてですがぼちぼちと暮らしております

ええ、長崎で。

カクカクシカジカ・・・の部分はまた今後ちまちま触れていくということにしておいて

今日から新たに「七福神との忙しい生活」としてスタートしたいと思っております。

以前から懇意にして頂いていた方々も、これから新しく出会う方々も宜しくお願いします

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フミング

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ママ、頑張ったよ!

皆さんこんにちは!ご無沙汰しておりました。
毎日寒いですがいかがお過ごしですか??
京都は冷たい雨が雪になったりで凍えそうですよ・・・。
今日なんかキッチンに置いてあった未開封のオリーブオイルが固まっていました!

結局忙しさと締切りの迫りっぷりに卒業制作の過程もお知らせできずじまいでした。
なんたって、もう最終発表プレゼンも終えて、卒業制作展も明日からなんですw

最終プレゼンの日は完全なる雪景色。
Cimg2467 ←当日教室からの雪景色
その前から雪続きで買出しやデータの出力に出かけるのも大変でしたー。

それでもせっせせっせと準備を整え本番は頑張って発表することが出来ましたよ。
しかも大トリだったのですごい緊張だったんですが・・・
Cimg2485 なんとかやりきりました!

評価云々は置いといて(笑
私がどうしても学生生活を終えるにあたって伝えておきかたったことは
なんとなーく皆さんに伝わった気がします。
出来ることを出来る限りした!という満足感でいっぱいです。
ここまでくるのは、やっぱりすごくすごく長かったです。
周りの友人も家族も、そして本人もここまで来れるか半信半疑だったのですよ~
その分慎重に計画できたし、そして色んな人から応援してもらい助けてもらいました。
今は充実感でいっぱいです!
↑の時点で軽く三日は徹夜していたので翌日はフーラフラ。
三日分(以上?)の睡眠をとってしまいましたw
その長い長い眠りの中ではじめてぐりちゃんの夢を見たんです!
そしてこの日はぐりちゃんの月命日でもありました。
何故か手帳から二次元のぐりちゃんが出てくるという夢だったのですが、
それでも目覚めた時、嬉しくて胸がギュウっとなりました。
次は是非立体的なぐりちゃんに会いたいな、なーんて贅沢かな?

その後も休む暇なく今日まで卒展の準備などで大忙し。

Image075
↑建築学科搬入の様子。
とにかく皆でっかい!これでも三分の一です・・・。重かったー・・・。
本日展示作業もやっと終わりほっと一息です。

発表が無事終わって、沢山の人にありがとうを言いました。
そして心の中のぐりちゃんに
「見守っていてくれてありがとう。ママはちゃんと頑張れたよ。」と伝えました。
途中、何度もくじけそうになったけどその度に
「ぐりちゃんが虹の橋で見ててくれてるから!」と思うことで気をふるい興しました。

本当に長い長い三ヶ月間でした。

さて、明日から卒業制作展がはじまります。
2008_graduation_2 http://info.kyoto-seika.ac.jp/event/2008/01/38-07.html

場所:京都市美術館本館 http://www.city.kyoto.jp/bunshi/kmma/

で1/30~2/3(日)まで開催中です。
入場無料です。
仲間が建築のみならず多くのアート作品を作り展示しています。
機会があれば是非お越しくださいませ。

とまあ、告知みたいなことを一回してみたかったんです(笑

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寒中お見舞い申し上げます。

さてさて、幕の内も過ぎましたので遅めのご挨拶ですが

寒中お見舞い申し上げます。
672425586_5
↑なんだかんだせっかく子年なのでーと年賀状っぽくなってしまった・・・
 しっぽが生えちゃったぐりちょん?
しかし、師走が終わった途端暖かくなったので寒中という実感が少ないです。
(実家に帰っていたから暖かかっただけ??)
実家に帰る時はいつもひやひやしながらぐりちゃんと一緒に飛行機に乗ったものです。
きっとしんどかっただろうね。ごめんね。でも何時も一緒に居てくれてありがとね。

さて昨日長いお正月休みを終えて京都へ帰還しました!
ヤバイ!時間がない! なぁんてね、想定内です(笑)
やっぱり持病のこともあって、なかなか思うようには進みません。
でもさろそろカウントダウンが聞こえてくる時期に突入です。
実際のところ・・・
模型は1月15日 撮影
発表プレゼンは 1月26日
卒業制作展は 1月30日~
身体が持つか心配だわ・・・と思ったもののお正月にしっかり栄養満点補充しちゃったのでどうにか乗り切れるんではないでしょうか。
あとは頭がショートしないことを祈るばかりです。

お正月はダラダラ~ ともいかず
実家に模型材料やらなんやら持ち帰って地味に作業しておりました。
勤勉! というか、当然なんですが、、、卒業したいから!
これからはラストスパートといったところでしょうか。
しかし息抜きにちょっとでもブログ更新しようかと思っています。
自分の歴史を何時か振り返る為に。
無理!てなったらしません。悪しからず。

Photo

手元でデータが出てこない状況なので、一ヶ月ほど前のものですが
こちらの訳の解らないカクカクしたものは
建築の形を導き出す私なりの手法の一つです。
ここから無駄なものを削り取たり、煮たり焼いたり蒸したりしながら、
今現在のものは似ても似つかないものになってます 笑

18日後 ヒャッホーイ♪ と気分爽快に完成をお伝えしたいです。

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森のベッド

先日 四十九日を向かえました。

それまでにはきちんと納骨して供養しないといけないな と思っていました。
でもいざ、日が迫ってくると寂しいものです。
お骨自体はぐりちゃんだけど、ぐりちゃんじゃない。
そんな不思議な感覚でした。
でもな、でもな、、、、と思ってなかなか踏み出せず。

しかし私自身が京都へ戻る日も四十九日も迫っていました。
それで心を決めて、京都へ戻る前日に場所を決めて埋葬しました。
家族が毎日通る庭のもみじの木の下です。
私がぐずぐずしていたせいでお天気は小雨模様。
父に手伝ってもらいヨイセヨイセと穴を掘りました。
やっぱり森の中だけあって穴堀の途中には
冬眠中の虫さんを起こしてしまって、その虫さんはあたふた。
父「もういい深さなんじゃない?」
フ「だめだめ!もっともっと。雨なんかで流されちゃいけないからね。」
父「そうか、もう少しねー」
と文句ひとつ言わずに掘ってくれました。
その穴にそっと骨壷を置くとやっぱり寂しさが募って鼻がツーンとなりました。
でも、泣いちゃいけないな、ぐりちゃんが心配しちゃうな。と思って我慢しました。
「ぐりちゃん、元気に天国で過ごしてね、絶対忘れないからね、
いつだって会えるからね。」と手を合わせて土をかけました。

お墓というのは少ししっくりこないのでこの場所を個人的にですが
「森のベッド」と呼ぶことにしました。
色んな動物が駆け抜けたり、鳥がもみじにとまったり
虫さんがモソモソ動いたり。
もちろん私たち家族のすぐそばです。
ぐりちゃんを火葬した時のような環境や気持ちでした。

Cimg2378

小さな石を置いて目印にしました。

Gurihaka
春には木漏れ日が暖かくて
夏には元気な草木が輝いて
秋には木の実が重なって
冬には落ち葉の厚い絨毯が出来る

そんな場所です。
ぐりちゃんは「こんな山奥じゃなくてさ~」なんて文句言ってないか心配ですが
ここがママの故郷なんだよ。ってわかってくれるといいな。

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はてさて長崎

こんばんはーフミングです。
ちょっと気分転換正月ハワイ気分をスナック感覚で実家長崎に帰省中。
一息入れようと半日かけて九州まで来ちゃうようなワタクシなのです。笑
そしたら一息どころか、どうも移動中に風邪をもらってしまったようで
数日間寝込んでしまうなんてことも~
皆さんほんと風邪やインフルエンザには気をつけてください!

さて、今回帰省したのにはいくつか理由がありまして・・・

ひとつはまあ、心の小休止の為。
それから卒業制作の施工現場を地元の山に設定してしまったので(汗
現場の再調査の為。
そしてぐりちゃんのお骨を埋葬するためです。
大きく揺らさないようにしっかり大事に抱えて帰ってきましたよー

帰ってきて一週間ですが (小休止が長いのはご愛嬌!)
風邪をひいたりと色々あったのでまだ埋葬はしていません。
家は幸い田舎で土地も少しあるし、自慢できるほどの山奥です。笑
お仲間がいっぱいいる動物霊園も考えましたが、うちの山はぐりちゃんの大好きだったタンポポや三つ葉が沢山はえている素敵で自然の中だし、なにより私が育った山。
それこそ沢山の仲間のいる場所でもあるのでやはり家の近くにしようと思っています。

家族でどこをお墓にしようか色々思案しています。
「長い目で見て何か建物を建てたりしないところを選ばないとねー」
とか
「やっぱり静かなところ?って家はどこも静かだわー」
とか
「あそこの家の壁沿いのところは?」
「えーでも、土手を整備したらどうするのよ。」
とあーだこーだ。
そんな話をしながら、私の家族もぐりちゃんを好きでいてくれたんだな~
と再確認してちょっとジーンときましたよ。
来週には京都に戻る予定だし、四十九日も近いのでそれまでにちゃんと
埋葬してきちんと供養しておこうと思ってます。

いまだ写真は見れません。
でも携帯の待ちうけだけはぐりちゃんにすることが出来ました。
060912_18270001 ←これ。かわゆい♪

それから、ボチボチボチボチ・・・・・の卒業制作。
少しずつですが手を動かして頑張っています。
Cimg2348
↑って未だスケッチしていたり・・・・焦 てか布団でするなよ>フミング

でもでも最強助っ人父の力も借りてサイト模型も製作中です。
サイト模型ってのは敷地を地形通り立体化して建物全体やその周辺環境がわかるような模型のことです。
Cimg2346
↑まだまだ途中。約90cm×90cm
赤いのはその辺にあった一味唐辛子w 大きさ比較出来てるのか??
一段が6メートルの縮尺です。

図面も建築模型もまだありましぇーーん 汗

相変わらずぼちぼちペースですね、私。

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一ヶ月

こんばんは。お久しぶりのフミングです。

ぐりちゃんが旅立ってちょうど一ヶ月が経ちました。
長かったような短かったような不思議な感覚です。
結局まだ写真が見られないので仏壇?祭壇?も作っていません。
前回の日記を書いてから、自分で書いたくせに自分のブログを開くことが出来ませんでした。
前向きなことを書いたはいいけど、
この半月ほど実は結構グダグダでした。おまけに今は風邪っぴき~涙

今でもやっぱり外出すると、無意識に「早く帰らなきゃ。」とか「お水が切れてたらどうしよう」とか思ってしまうんですね。
で、急いでる足を止めて「あーもうお家にはいないんだったなぁ。」と思うんです。
まぁ年齢的には「若い」んだからもっと夜遊びとかーなんて思ってみても、気分は乗らないし、もともとインドア派なので御座います。

いってきまーす!
といって出かけて
たっだいまー寒かったー!
といって帰ってくる。
「おはよう」「おやすみ」「今日はあったかいね」「朝は冷えるね」「冬のお野菜は美味しいね」「今日は楽しかった」「悔しかった」
ぐりちゃんがいないことを確かめながら大きな声で話します。

よくモルモットの夢を見ます。
色んなスキニーちゃんを見ます。ピンクちゃんや真っ黒ちゃんやテディちゃん。
でもまだぐりちゃんには出会えていません。
どこにいったんやろなー。

とか。思います。
月命日なのでやっぱセンチメンタルになってしまいますね~イヤイヤ

卒業制作はぼちぼちです。

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秋晴れの空に

ぐりちゃんがいない四日目の朝です。
この三日間、何度「変だなぁ」とつぶやいたでしょう。

あんなに小さな動物がもった大きな存在感や日常だった鳴き声や音。
聞こえないのが不思議でたまりません。
あまり上手に睡眠もとれなくて、二時間おきぐらいに起きてしまいます。

でも、早くもフミングは前を向こうと思っています。

人間が亡くなった時もそうですが、お通夜やお葬式では
故人の思い出話に花をさかせ、暖かい気持ちで送り出すと言いますよね。
形式的にぐりちゃんのお通夜やお葬式をしたわけではないけれど、
電話で両親とぐりちゃんの話を沢山しました。
友達にも知らせて一緒に悲しみ、そして「頑張ったね」とぐりちゃんを、そして私を励ましてくれました。
そしてネットで出会ったモル友の皆さんとは悲しみを分かち、優しく心に響く言葉をたくさん頂ました。
ぐりちゃんはこんな仔だったね。あんな仔だったね。可愛かったね。かっこよかったね。
そんな風に私の、皆の胸にぐりちゃんのことが刻まれていることを凄く嬉しく思います。

来月11月で、ぐりちゃんをお迎えして2年になるところでした。
その約二年前 正直私は結構簡単な気持ちで動物を飼いたいと思っていました。
可愛いから、とか、一緒にいて癒されたいから、とか。
今思えば、すごく軽はずみですね。
その当時、私は心の病気真っ盛りで正常な判断が出来ていなかった気もします。
大阪の片隅で見つけたぐりちゃん。臆病で小さくて可愛くて。
うちにお迎えして数日でぐりちゃんのとりこになりましたが、
それと同時にお世話の大変さも身に染みました。
この仔は私がお迎えした以上、私がいないと生きていけないんだ。と。
それから二年間、楽しいことも悲しいことも全部共有して生活してきました。
時には私自身が自分の心の闇のような部分にとりつかれて、十分な愛情が注げなかった時期もあったかもしれません。
それでも、ぐりちゃんは私の生活の中心であり、相棒であり、友達で恋人でした。
学校があるので授業がある日は多少お留守番もしてもらいました。
自分の体力のこともあり、しばしば京都-長崎間を飛行機で行き来しました。
それはきっと大変なストレスだったに違いありません。
それこそもしかすると寿命を縮めてしまった原因かもしれませんね。ごめんね。

でも、少しも私を責めたりしませんでした。

母は言います。

「ぐりちゃんはさ、フミの病気が治ったから『もう大丈夫だよ』と言って旅立ったのかもしれないね。病気で苦しい間、誰よりも側にいたのはぐりちゃんだから、きっとそれがぐりちゃんにはわかったんじゃないかな。だから沢山、ありがとうを送ろうね。お母さんはぐりちゃんに『フミを守ってくれてありがとう』って思っているよ。」

父は言います。

「ぐりちゃんは本当の命の大切さをフミに教えにきてくれたんだよ。どんな命にも意味があって、ぐりちゃんはその使命をもってフミと出会ったんじゃないかな?生きるということをあんなに小さな身体を持ってフミにしっかり伝えてくれたよね。」

少し昔一度だけ、本気で「死にたい」と思ったことがありました。
それは一重に心の病気のせいでした。
そんな最悪の不安が私の心をよぎる度に、ぐりちゃんは私を呼んでくれました。
「ああ、私はこの仔を守らないといけないんだ。」と現実に引き戻してくれました。
「アタシ、今ぐりちゃんだけの為に生きてるかもしれない」と親や友達に話すと
今思えば当然だけど、たいそう怒られました。
「ぐりちゃんだってフミングを必要としているけど、それ以上に私達はフミングを必要としかけがえのない存在だと思ってるんだよ!馬鹿!私達はぐりちゃん以下か!」
確かに馬鹿ですね。

それに、これは本当は誰にも言うつもりはなかったけど
一度だけぐりちゃんを里親に出そうかと考えたことがありました。
なんでそんなことを想ったのか今ではさっぱり謎ですが、多分物凄い心が落ち込んでいる時に思ったんです。このままのフミングではぐりちゃんを守れないと。
でも、その気持ちを親に話すことで、結局レスキューされたのは私自身です。
それに今では里親に出さなくてよかったと心底思いますし。

二年間の溢れそうなほどの思い出。ぎゅうぎゅうに詰まった思い出。
本当に本当に色んなことが目まぐるしく起こった二年間でした。

今は涙が出なくなりました。寂しくてたまらないのは事実ですし、ぐりちゃんのいない空間はなんだか隙間風が吹いているようです。でも、今日は秋晴れの空が素晴らしく綺麗です。いままで秋の空が大嫌いでした。でも、この空にぐりちゃんがいるのかな。と思ったらなんだか切ないけど好きになれそうです。
もしかしたら、「フミングはもう、上を向いて歩けるの?薄情なんじゃない?」と思う方もいるかもしれません。
でも、私は凄く弱いのです。
お星様になってしまったぐりちゃんを手の中で守ることはもう出来ません。
今は、自分を守らないといけない気がします。弱い弱い自分を。
ぐりちゃんの生を、死を忘れるわけはありません。生も死もとても強烈なパワーです。
私はある意味とても卑怯かもしれなけれど、ぐりちゃんが私の心の病気を持っていってくれたと思っています。つまり、元気になることが何よりも大切なのです。
それがぐりちゃんが残した最大のメッセージだと思うのです。

それからいつもこのブログに遊びにきてくれた「はなはなおけけ♪」ちょもさん宅の
はなきち君も、悲しい偶然ながら26日にお星様になったそうです。
ぐりちゃんと一日違いでした。
ぐりちゃん、はなちゃん。
そちらの様子はどうですか?ごはんは美味しく沢山食べてますか?
季節はずれだけど大好きなトウモロコシのヒゲはありますか?
二人はちゃんと出会えましたか。ママ達は君達が楽しく遊んでいるところを
想像すると、少し寂しさが軽くなるよ。
関西弁トークで盛り上がってますか。フミングママの関西弁はニセモノなので
はなちゃんに「なまってんでぇ~ぐりちゃん!」ってツッこまれてるんじゃない?
はなちゃんに本物の関西弁を習ってね。
そのお返しに長崎の空の色とか、風の匂いとか教えてあげてね。

ぐりちゃん。本当はさ、ぎゅうーって抱っこしたいよ。

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小さな可愛い仔

皆さんの優しさあふれるコメント涙しながら読み、少しだけ救われた気持ちです。
またもう少し落ち着いたらコメント返しいたします。
少しだけ待ってくださいね。

この日記はとてもとても長くなってしまいそうです。どうぞお付き合い下さいね。

10月28日 秋晴れの日曜日

ぐりちゃんを火葬しお骨にして自宅に帰ってきました。

前日27日は夕方まですごく元気で私の足元を走りまわっていました。
今日も良い調子だね。と放しかけながら安心して遊んでいました。
しかし夕方6時過ぎ、ケージに入ってペレットを食べていたぐりちゃんのほうから
「ガタンガタン」と変な音が。見てみると頭だけハウスに突っ込んで引っ掛かったような状態。何してんのーぐりちゃん。と近寄ってみるとなんだかおかしい。
コチラを向いてビョンとケージから抜け出してきたぐりちゃんですが、着地はうまくできず
ぐにゃぐにゃして揺れています。
びっくりして抱き上げてしっかり抱いて呼びかけました。
一旦落ち着いたかと思ったら今度は足が空をきるように動きましめました。
急いで病院に連れていって診療台の上に横になったぐりちゃんはもう立てません。
お医者さんは「脳にばい菌が回って神経症状が出ている」といいました。
足の動きは「遊泳症状」だっけ。そんな症状。
体温も随分下がって低体温になっていました。
注射を二本打ってもらいましたが少しの痛くないようでした。
多分、この時にはもう意識は無かったのでしょうね。
「今夜が山です。しかしとても厳しいと思います。」と言われました。
そんなこと言われなくても素人でも明らかにわかるような状態でした。

それから家に帰りカイロとホカホカマットで保温しながらずっと呼びかけて、身体をさすって
頭を撫でて。
ママはすぐ側にいるよ。だから怖くないよ。見えてるかな?感じてるかな?
そんな風に側にいました。それだけしか出来ませんでした。
10時頃から鼻が詰まったような呼吸音になりとても苦しそうでした。
そして11時少し回ったところで苦しそうな息も止まりました。
動かないぐりちゃんを見てワンワンなきました。
ぐりちゃんの身体に私の涙がいっぱい落ちました。

泣いているうちにもぐりちゃんの身体は冷えて固まっていきます。
泣きながらも心を決めて棺を作ることにしました。
優しくタオルで包んでチモシーをいっぱい敷いた箱に寝かせて、お水やペレットや
大好きだったみかん、りんご、パセリを入れて。
一晩一緒に居て、一睡もできなかった。
亡骸はすごく安らかな顔をしていて、生きているんじゃないかと何度も確かめました。
空が明るくなったらすぐにお花を探しにいきました。
ぐりちゃんは凍ったように冷たくて哀しくて悲しくて。

前夜、息を引き取ったときに 「虹の橋にいったんだ」と思ったけれど、
そばにいるぐりちゃんは、やっぱりそこにいるような気がして
私が近くにいてなでていたら、ぐりちゃんはなかなか虹の橋に辿りつけないような気がして。
でも火葬してお骨にするということは
もう、本当に具現的なぐりちゃんは居なくなってしまう。
もう、一生触ってなでてあげることが出来ない。
そんな風な葛藤が長く続きました。
自分の気持ちに区切りをつける為に二時間後にタクシーが来るように手配しました。
それまでに喪服は持っていないけれど、黒いジャケットとパンツを着て
しっかり二時間抱いて話しかけて。

葬儀場は京都と滋賀の県境にあり、驚くほどの森の中でした。
携帯も圏外。
お経をあげてもらってお焼香を済ませて、ついについにお別れです。
ぐりちゃんが荼毘にふしているその時間、私は森の真ん中に置かれたテーブルで
大声で泣きながら待ちました。
ふと周りを見回すと、土手の隙間に小さなサワガニがいます。
そのすぐ横の垂れ下がった葉っぱには大きなカタツムリがいます。
火葬場の煙突から上がる熱気を切って、白い鳥がスピードをあげて飛んでいきます。
足元には間違って地面に出てしまったミミズが必死に地中に帰ろうとしています。
そんな情景が見えて、私は始めて 心が安らいだように思います。

ああ、ぐりちゃんは森に帰ったんだなぁ  と。

お骨になったぐりちゃん。
それはまさしくぐりちゃんでした。
悲しくも 怖くも無く とてもとても 可愛いぐりちゃんの骨そのものでした。
私は少し不謹慎にも 嬉しく思いながら ひとつひとつ 骨を見ながら拾いました。
細い肋骨や 骨盤や 背骨や 四つだけ残ってくれて爪を
とても愛おしく思いました。

小さな白い骨壷に収まったぐりちゃんを家に連れて帰って、
とりあえず使っていたケージを綺麗にして一時的な祭壇にしました。
ドタバタしていたせいで部屋は散らかり放題だったけど、
その前に座って手を合わせて やっと 
「ぐりちゃん頑張ったね。本当に本当にありがとう。」
心から思えました。

ぐりちゃんの居ない部屋は とてもとても静かです。
今も真後ろにあるケージを 長い間そうしてきたように 様子を確かめたくて振り返ります。でもそこには小さな骨壷がチョコンとあるだけです。
悲しいという感情よりも 不思議のほうが大きい。
きっとまた悲しみが襲ってくるのでしょうね。それもまた良し。受け止めましょう。

ママは最後にぐりちゃんに何かしてあげられないかなぁと考えました。
「そうだ。素敵なお仏壇を作ってあげよう。」
嘘かホンマか ママはデザイナーの卵ですよ。
すっごく素敵でお洒落な誰もが羨むお仏壇作ってやっから!!!

また明日から新しい一週間がはじまります。
ママはアホ学生だけど、今年は卒業したいし、きっとそれを応援してくれるだろうから
明日は学校に行くね。
しかも「二級建築士養成講座」だから、しっかり勉強しないとね。

まだまだ長くなってしまいそうです。
更なるぐりちょんへの熱い想いは、また次の機会に。。。

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10月27日 23:04

2007年10月27日 23:04

ぐりちゃんは虹の橋に旅立ちました。

何度ありがとうを言っても足りないけれど、ありがとう。
二歳半という早すぎる旅立ちでした。
私と過ごした時間は楽しかったかな?
私はとてもとてもとても楽しかったよ。そして幸せだったよ。

いっぱいのありがとうを込めて。

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助っ人 Mr.ミルサー

日に日に寒い京都。。冬きらーい!!のフミングです。

さて、強制給餌をはじめたぐりちょんですが、良い調子で食べてくれています。
それもこのマシーンのお陰かしら?
助っ人◎Mr.ミルサー です!↓↓

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ぐりちゃんを心配した父上からのプレゼント♪
このミルサーのお陰で、私もすりこぎ作業から開放されたし、
断然粉々にしてくれます。
ペレットやチモシーを粉砕したあとフルーツと水分を加えて。
強制給餌をはじめて四日ですが、早くもみかん味には飽きてきたようで(笑
今日からバナナ味でした。
ちょっと暗い画像だけど
Image058 「ナイスバナナ味♪」
と評判です。シリンジを放してくれないほど!!

体重もここ三日は600グラム台に戻り今日は 613グラム。
ウンピも随分良い形に戻ってきました。
一時期はマッチ棒の先みたいなウンピでドッキリしましたよ~
相変わらずチモシーは食べたくないようですが
頑張って栄養とっていきましょうね、ぐりちゃん。

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