ぐりちゃんがいない四日目の朝です。
この三日間、何度「変だなぁ」とつぶやいたでしょう。
あんなに小さな動物がもった大きな存在感や日常だった鳴き声や音。
聞こえないのが不思議でたまりません。
あまり上手に睡眠もとれなくて、二時間おきぐらいに起きてしまいます。
でも、早くもフミングは前を向こうと思っています。
人間が亡くなった時もそうですが、お通夜やお葬式では
故人の思い出話に花をさかせ、暖かい気持ちで送り出すと言いますよね。
形式的にぐりちゃんのお通夜やお葬式をしたわけではないけれど、
電話で両親とぐりちゃんの話を沢山しました。
友達にも知らせて一緒に悲しみ、そして「頑張ったね」とぐりちゃんを、そして私を励ましてくれました。
そしてネットで出会ったモル友の皆さんとは悲しみを分かち、優しく心に響く言葉をたくさん頂ました。
ぐりちゃんはこんな仔だったね。あんな仔だったね。可愛かったね。かっこよかったね。
そんな風に私の、皆の胸にぐりちゃんのことが刻まれていることを凄く嬉しく思います。
来月11月で、ぐりちゃんをお迎えして2年になるところでした。
その約二年前 正直私は結構簡単な気持ちで動物を飼いたいと思っていました。
可愛いから、とか、一緒にいて癒されたいから、とか。
今思えば、すごく軽はずみですね。
その当時、私は心の病気真っ盛りで正常な判断が出来ていなかった気もします。
大阪の片隅で見つけたぐりちゃん。臆病で小さくて可愛くて。
うちにお迎えして数日でぐりちゃんのとりこになりましたが、
それと同時にお世話の大変さも身に染みました。
この仔は私がお迎えした以上、私がいないと生きていけないんだ。と。
それから二年間、楽しいことも悲しいことも全部共有して生活してきました。
時には私自身が自分の心の闇のような部分にとりつかれて、十分な愛情が注げなかった時期もあったかもしれません。
それでも、ぐりちゃんは私の生活の中心であり、相棒であり、友達で恋人でした。
学校があるので授業がある日は多少お留守番もしてもらいました。
自分の体力のこともあり、しばしば京都-長崎間を飛行機で行き来しました。
それはきっと大変なストレスだったに違いありません。
それこそもしかすると寿命を縮めてしまった原因かもしれませんね。ごめんね。
でも、少しも私を責めたりしませんでした。
母は言います。
「ぐりちゃんはさ、フミの病気が治ったから『もう大丈夫だよ』と言って旅立ったのかもしれないね。病気で苦しい間、誰よりも側にいたのはぐりちゃんだから、きっとそれがぐりちゃんにはわかったんじゃないかな。だから沢山、ありがとうを送ろうね。お母さんはぐりちゃんに『フミを守ってくれてありがとう』って思っているよ。」
父は言います。
「ぐりちゃんは本当の命の大切さをフミに教えにきてくれたんだよ。どんな命にも意味があって、ぐりちゃんはその使命をもってフミと出会ったんじゃないかな?生きるということをあんなに小さな身体を持ってフミにしっかり伝えてくれたよね。」
少し昔一度だけ、本気で「死にたい」と思ったことがありました。
それは一重に心の病気のせいでした。
そんな最悪の不安が私の心をよぎる度に、ぐりちゃんは私を呼んでくれました。
「ああ、私はこの仔を守らないといけないんだ。」と現実に引き戻してくれました。
「アタシ、今ぐりちゃんだけの為に生きてるかもしれない」と親や友達に話すと
今思えば当然だけど、たいそう怒られました。
「ぐりちゃんだってフミングを必要としているけど、それ以上に私達はフミングを必要としかけがえのない存在だと思ってるんだよ!馬鹿!私達はぐりちゃん以下か!」
確かに馬鹿ですね。
それに、これは本当は誰にも言うつもりはなかったけど
一度だけぐりちゃんを里親に出そうかと考えたことがありました。
なんでそんなことを想ったのか今ではさっぱり謎ですが、多分物凄い心が落ち込んでいる時に思ったんです。このままのフミングではぐりちゃんを守れないと。
でも、その気持ちを親に話すことで、結局レスキューされたのは私自身です。
それに今では里親に出さなくてよかったと心底思いますし。
二年間の溢れそうなほどの思い出。ぎゅうぎゅうに詰まった思い出。
本当に本当に色んなことが目まぐるしく起こった二年間でした。
今は涙が出なくなりました。寂しくてたまらないのは事実ですし、ぐりちゃんのいない空間はなんだか隙間風が吹いているようです。でも、今日は秋晴れの空が素晴らしく綺麗です。いままで秋の空が大嫌いでした。でも、この空にぐりちゃんがいるのかな。と思ったらなんだか切ないけど好きになれそうです。
もしかしたら、「フミングはもう、上を向いて歩けるの?薄情なんじゃない?」と思う方もいるかもしれません。
でも、私は凄く弱いのです。
お星様になってしまったぐりちゃんを手の中で守ることはもう出来ません。
今は、自分を守らないといけない気がします。弱い弱い自分を。
ぐりちゃんの生を、死を忘れるわけはありません。生も死もとても強烈なパワーです。
私はある意味とても卑怯かもしれなけれど、ぐりちゃんが私の心の病気を持っていってくれたと思っています。つまり、元気になることが何よりも大切なのです。
それがぐりちゃんが残した最大のメッセージだと思うのです。
それからいつもこのブログに遊びにきてくれた「はなはなおけけ♪」ちょもさん宅の
はなきち君も、悲しい偶然ながら26日にお星様になったそうです。
ぐりちゃんと一日違いでした。
ぐりちゃん、はなちゃん。
そちらの様子はどうですか?ごはんは美味しく沢山食べてますか?
季節はずれだけど大好きなトウモロコシのヒゲはありますか?
二人はちゃんと出会えましたか。ママ達は君達が楽しく遊んでいるところを
想像すると、少し寂しさが軽くなるよ。
関西弁トークで盛り上がってますか。フミングママの関西弁はニセモノなので
はなちゃんに「なまってんでぇ~ぐりちゃん!」ってツッこまれてるんじゃない?
はなちゃんに本物の関西弁を習ってね。
そのお返しに長崎の空の色とか、風の匂いとか教えてあげてね。
ぐりちゃん。本当はさ、ぎゅうーって抱っこしたいよ。

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